肝細胞癌におけるMilk Fat Globule EGF-8の意義-早期診断及び術後予測マーカーとしての有用性
Serum milk fat globule-EGF factor 8 (MFG-E8) as a diagnostic and prognostic biomarker in patients with hepatocellular carcinoma
Tomonari Shimagaki, Sachiyo Yoshio, Hironari Kawai, Yuzuru Sakamoto, Hiroyoshi Doi,
Michitaka Matsuda, Taizo Mori, Yosuke Osawa, Moto Fukai, Takeshi Yoshida, Yunfei Ma, Tomoyuki Akita, Junko Tanaka, Akinobu Taketomi, Rikinari Hanayama, Tomoharu Yoshizumi, Masaki Mori, and Tatsuya Kanto
Sci Rep. 2019 Oct 31;9(1):15788. doi: 10.1038/s41598-019-52356-6.
1.研究の背景
肝細胞癌(HCC)の早期診断、根治術後の再発・予後予測は適切な治療を可能とし患者予後延長に繋がります。現在の肝細胞癌の腫瘍マーカー(AFP*1/ AFP-L3%*2/ PIVKA-II(DCP)*3)は微小肝癌の診断感度、特異度は十分でありません。
Milk fat Globule EGF-8(MFG-E8)は、食細胞がアポトーシス*4細胞を貪食する際に重要な分子で、MFG-E8の低下は遺残アポトーシス細胞による炎症や自己免疫を惹起します。一方、胆管癌など癌細胞の悪性形質増強にも関与しています。
本研究では、肝細胞癌患者におけるMFG-E8の意義を明らかにするため、診断、予後予測因子としての有用性を検討しました。
2.研究成果
- 肝細胞癌患者282人(C型肝炎68人/SVR後*5 25人/ B型肝炎30人/非B非C型159人(NAFLD*6 138人))、肝癌非合併慢性肝疾患患者108人(慢性肝炎54人/ 肝硬変54人)、肝良性腫瘍患者9人、胆管細胞癌患者18人、転移性肝腫瘍患者52人、健常者87人を対象とし血清MFG-E8を測定しました。肝細胞癌患者において、健常者と比べ有意に血清MFG-E8は低下しており(図1A)、腫瘍径が大きくなるにつれ、血清MFG-E8は低下を認めました(図1B)。また肝細胞癌患者の中でいずれの背景肝疾患においても、血清MFG-E8は低下しておりました(図1C)。肝癌非合併慢性肝疾患症例、肝良性腫瘍症例、胆管癌症例、大腸癌の肝転移症例などのいずれにおいても血清MFG-E8の低下は認めませんでした(図1D)。肝細胞癌患者に対して、治療後1ヶ月後の血清を集めまして、ラジオ波や手術の治療前後で血清MFG-E8を調べると、肝細胞癌を治療すると血清MFG-E8は回復しました(図1E)。これらの結果から、肝細胞癌患者において血清MFG-E8が新規診断マーカーとなりうる可能性があると考えられました。
(図1)
肝疾患患者、健常者の血清MFG-E8の比較検討
*, p<0.05; **, p<0.01; ***, p<0.001; ****, p<0.0001;†, p<0.0001 (vs健常者)
- そこで次に、血清MFG-E8の肝細胞癌診断マーカーとしての可能性を検討しました。血清MFG-E8は単独でも優れた肝細胞癌判別能(AUC 0.842, 感度 69.7%, 特異度 84.3%)を有しましたが、PIVKA-II(DCP)を加えた重回帰式: Logit(p) = 2.619 – 0.809 × 血清MFG-E8 + 0.0226 × 血清PIVKA-II(DCP)は既存の肝細胞癌の腫瘍マーカーよりも優れた肝細胞癌判別能(AUC 0.923, 感度 81.1%, 特異度 89.8%)を有しました(図2)。
(図2)
- また、肝癌初回肝切除術を行った185症例において、術前血清MFG-E8低値群は、高値群と比較し生存期間、無再発生存期間ともに不良でありました(図3A,B)。単変量多変量解析より、血清MFG-E8低値と腫瘍径は、肝癌切除後の独立した早期再発予測因子かつ予後不良因子であり、血清MFG-E8が肝がん術後予後予測因子として有用であることが分かりました。
(図3)
- 最後に、肝細胞癌患者において血清MFG-E8が低下する機序を検討しました。細胞外小胞(EV)*7膜状にはPhosphatidylserineがあり、そこにMFG-E8は結合します。肝細胞癌患者血清中のEV量は、健常者と比較して、有意に減少していました(図4A,B)。また、血清MFG-E8と細胞外小胞量は正の相関を認め(図4C)、細胞外小胞を抽出後の血清MFG-E8を測定するとほとんど測定できないくらいまで血清MFG-E8は減少していました(図4D)。そのために、血清中では、MFG-E8と細胞外小胞は結合していることが示唆され、肝細胞癌患者での血清EV量の低下を反映し、MFG-E8値が低下している可能性もあると考えられました。ですが、肝細胞癌患者におけるEV量の規定因子は同定できておらず、今後さらなる検討を進めていきたいと考えています。
本研究により、血清Milk fat Globule EGF-8(MFG-E8)は肝細胞癌の診断マーカーとして有用であり、肝切除術後早期再発・予後予測のマーカーとしても応用可能であることが示唆されました。 島垣 智成
(図4)
*, p<0.05; **, p<0.01; ***, p<0.001
用語解説
*1. AFP(α-フェトプロテイン):AFP は胎児の肝臓およひ゛卵黄嚢て゛産生される胎生期特有の血清蛋白て゛す。このAFPの血中濃度は出生直後には10000ng/mL前後を呈します。しかし、その後250日~300日て゛血中濃度は大幅に低下し、10ng/mL以下の極めて微量となります。ところか゛、肝細胞癌になると再ひ゛AFPの産生か゛活発化し濃度か゛上昇するため、肝細胞癌の腫瘍マーカーとして活用されています。AFP は腫瘍マーカーの分類て゛は癌胎児性蛋白に該当します。
*2. AFP-L3%(AFPレクチン分画):AFP 1分子に1つ存在する糖鎖にレンス゛マメ・レクチ ン(LCA)を反応させるとLCA非結合性分画(L1)、弱結合性分画(L2)、およひ゛強結合性分画(L3)の3分画(ハ゛ント゛)に分かれます。慢性肝炎や肝硬変て゛は主としてL1分画か゛増加しますか゛、肝細胞癌て゛は L3分画か゛増加することか゛分かっています。
*3. PIVKA-II(protein induced by vitamin K absence or antagonist II )(=DCP(Des-γ-carboxy prothrombin):血液凝固因子の第II因子て゛あるフ゜ロトロンヒ゛ンという蛋白は肝臓て゛合成されますか゛、その際ヒ゛タミンKか゛必要となります。この合成にヒ゛タミンKか゛不足すると凝固活性を持たない異常フ゜ロトロンヒ゛ンて゛あるPIVKA-IIになります。PIVKA-IIはヒ゛タミンKの欠乏時た゛けて゛なく、肝細胞癌の際にも出現し高値を呈することか゛確認されたことから、現在て゛は 肝臓癌の腫瘍マーカーとして広く利用されています。
*4. アポトーシス (apoptosis):多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一種で、個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、管理・調節された細胞の自殺すなわちプログラムされた細胞死のこと。
*5. SVR後:C型肝炎ウイルス駆除後。
*6. NAFLD (non-alcoholic fatty liver disease; 非アルコール性脂肪性肝疾患):組織診断あるいは画像診断で脂肪肝を認め、アルコール性肝障害などの他の肝疾患を除外した病態。
*7. 細胞外小胞(EV; extracellular vesicle):すべての細胞は、様々な大きさの脂質二重膜に包まれた細胞外小胞を分泌しています。細胞外小胞の中にはmRNAやmiRNAといった核酸やタンパク質などが入っています。分泌側の細胞は特定のメッセージを細胞外小胞という形で分泌し、細胞外小胞はその表面マーカーや大きさ等により特定の細胞を識別して取り付きます。その後、内包したmRNA、miRNAやタンパク質などを受け手側の細胞内に解き放ち、受け手側の細胞に影響を及ぼします。このようなプロセスで細胞間コミュニケーションを行っていると考えられています。
- また、肝癌初回肝切除術を行った185症例において、術前血清MFG-E8低値群は、高値群と比較し生存期間、無再発生存期間ともに不良でありました(図3A,B)。単変量多変量解析より、血清MFG-E8低値と腫瘍径は、肝癌切除後の独立した早期再発予測因子かつ予後不良因子であり、血清MFG-E8が肝がん術後予後予測因子として有用であることが分かりました。